傘の気持ちにもなってよ
10日間ほど台湾の台北に滞在している。
台北では年間を通して1ヶ月あたりの平均降雨日数が12日ほどと多く、晴れたり雨が降ったりを繰り返している。
熱帯だからか結構スコールっぽかったりして、カフェのテラス席でコーヒーを楽しんでいたら突然豪雨に見舞われパラソルから逃げられなくなった。
そんな中一緒に来ている友人たちと、傘業界の進化が乏しいという話になった。
傘といえば、骨を広げそれに布を沿わせるあの形が、何百年も変わらないのはなぜだろうか。
欧米のような湿度が低い国では雨が降っても傘をささない人が多く、屋内で移動できることも当たり前で、傘のUXに対する関心が比較的薄そうである。一方で雨に困りやすい熱帯の国では雨合羽が普及していたり、そもそも傘文化がなかったりと、それぞれの形のローテクで不便なりに適応している。
そういう意味で言うと、日本は湿度が高く降雨量も比較的多いがファッション性と利便性みたいなものを追求したいという、雨が降る国の中で最も傘にイノベーションが起きてもいいラインにいる気がする。
背負うタイプのものだったりと新しい傘の形は考案されても、従来の形が代替されないのはすごい。
電子傘とかそろそろあってもいいよね、ドローンで飛ばしてさ、みたいな話が出たが充電したり外を歩く時間のバッテリーを開発するのもめちゃくちゃ面倒臭い。
電子マネーやスマートフォンのような生活インフラに食い込むアイテムと違って、あってもなくても死なない、恒常的に利用される訳ではない傘は電子化しないのかもしれない。
そういえば、傘のシェアリングエコノミーなんかも立ち上がってはすぐ消える印象がある。数年前に中国で立ち上がった傘のシェアサービスは当たり前のように返ってこず(または壊され)サービスを終了した。シェア系サービスの質の高さはソーシャルキャピタルに依存する。
でも、日本人って物は盗まないけど、傘だけはなぜかパクる文化あるよね、という話になった。確かにそうだ。小学校の傘立てに放置されている傘はシームレスに共有物になる、あの暗黙のルールは誰に教わったのだろう。それだけ、傘は重要じゃないってことなんだろうけど。
以前JRの車内にビニール傘を忘れた時、問い合わせたが「ビニール傘は特徴が薄い上に大量に忘れられて行くので誰のか判別できない。だからお返しできない」と言われた。ということはJRでは日々大量にビニール傘が廃棄されているということになる。
それを少し貯めておいてもう無料で配る勢いで貸し出しサービスとかしたらいいんじゃない?廃棄コストも削減できて一石二鳥じゃん。電車降りて「わー雨だー」とかなること結構あるし…。なんでやらないんだろう?やってる駅もあるのかな?誰か知ってる人いたら教えてください。
ビルとか大型店舗とか、人が大量に日々使う場所で忘れ物の傘のシェアリングみたいなのもやってもいいですよね。コンビニみたいなどこにでもある場所がシェアバイクのようにシェア傘スポットとして使えたら面白そうだけど、コンビニとかは雨の日はよく傘が売れるから絶対やらないだろうな…という結論に至った。消耗品のよう大量に捨てられ、大量に売られる。資本主義である。
そこから話題は脱線し、ゴミを売るにはどうしたらいいのかというテーマに移行した。メルカリでは、主婦が溜めた牛乳パックが小学生の自由研究に使われるために売れたらしい。そういう誰しもがゴミだと思っているものでどうにかして売れるものはないのか…となり、結局新しいことは思いつけずに終わった。そのあとは理由は忘れたがSNSのUXの話になり、どのSNSも競合の機能を実装するが人々のプラットフォームはなかなか統合されないのは何故かという話になった。台湾では、仲良い人はInstagram, 超プライベートな関係はLINEを使うらしい。最初に各社が特徴付けたプラットフォームの性質によってユーザーの異なる人格が引き出され、プラットフォームとしての「粘着性」は増す一方で、その特徴でサービスとして尖ったが故に他プラットフォームを真似た後付け機能では他プラットフォームからの移行が起こりづらいのは面白い。
話は傘に戻るが、小雨が降って傘をさすか迷うときいつも谷川俊太郎さんが描いた『かさをささないシランさん』という絵本を思い出す。
雨が降ったら誰しも傘をさすのに、シランさんは絶対にささない。そのせいでシランさんは逮捕され投獄される、みたいな話だった。
かなり小さな頃に読んだ本だが、怖すぎてよく覚えている。当時は「多様性の蹂躙」みたいなコンテクストを察することは全く出来ず、ただその理不尽さに怯え、今でも雨の中傘をささない人を見ると逮捕されない世界線に生きててよかった、とホッとする。
その日、台湾では大雨洪水警報が出た。ホテルの喫煙所には熱帯特有の巨大なカタツムリが避難してきた。雨止まないねえ、と話しかけたけど時速1メートルぐらいで移動する彼から返事はなかった。